交差点
 交差点で右折待ちをしている最中、彼は死とすれ違った。
 死は、軽トラックに乗ってやってきた。中年の男の形をした死は、酔っているようだった。正月だった。恐らく近くで年始の集まりでもあったのだろう。死の頬は赤かった。しかしハンドルを握る手付きは、しっかりしたものだった。
 彼はといえば、スクーターで四国から東京に帰る旅の途中だった。年末年始でまとまった休みが取れたので、高松に住む友人を訪ねたのが五日前だった。五日間、朝から晩までスクーターを飛ばし、静岡に入ったのが今朝の事だった。時刻はもうすぐ正午を迎えようとしていた。遠くに富士山を望む、主要国道から一本外れた山近くの道だった。厚手の手袋をしていても、スピードを出して走ると手が凍るように冷たくなる、そんな冬晴れの日だった。
 何故その中年の男が「死」だと分かったのか、彼には説明が出来ない。
 死の乗ったトラックは対向車を待って交差点の真ん中に止まった彼のスクーターの鼻先を、危な気なく通過していった。しかし彼には、その男こそが、同じそのトラックで、自分を轢き殺す男だという事がはっきりと分かっていた。彼には、その時自分の身に沸き起こる感覚まで、はっきりと感じる事が出来た。
 やはりスクーターに乗っていて軽トラックと正面からぶつかった彼は、跳ね飛ばされ、ガードレールに叩き付けられる。路肩に投げ出された彼の体は、混乱によって彼の意思では動かせない。痛みを感じる余裕がない。呼吸が異常に早く、自分で止める事が出来ない。ただうつ伏せになった彼の背中全体が不可思議な程熱く、顔に感じるアスファルトの冷たさと対照的だ。
 中年の男の形をした死は、やはりその時も酒を呑んでいた。だが今回は、死は彼の前を素通りしなかった。アルコールによって鈍った死の神経は、スクーターのウィンカーが右折を示していた事に気が付かなかった。信号が黄色から赤に変わりそうなのを見た死は、アクセルペダルを思い切り踏み込んだ。信号が赤になった後の数瞬後に交差点に飛び込んだ軽トラックは、右折をして来たスクーターと正面からぶつかった。それはやはり今日のように寒い、晴れた、冬の日の事だった。
 彼はその光景をまざまざと感じながら、正月で久しぶりに会った親戚の元気な姿と成長を思い起こし歌でも歌い出しそうに上機嫌となっている死の横顔が通過していくのを見送った。死の乗った軽トラックが段々と遠ざかるのを見送った。
 やがて彼はあの死によって命を奪われる。しかしそれは、今ではなかった。それは未来の、彼にも分からない未来の話しだった。
 交差点には彼のスクーターだけが取り残されていた。信号は黄色から赤へと変わるべく、点滅を始めていた。
 彼はギアをローに入れ、スクーターを発進させた。

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