しそうもないこと
 人は「しそうもないこと」に、よほど気をつけて人生を送らなければならない。「しそうもないこと」はしそうにないだけに、つい誰もがそれを忘れがちになるが、だからこそ、「しそうもないこと」を常に気にかけながら、日常を過ごさなくてはならないのである。
 先日、滝壷に飛び込んだ。
 もちろん、滝を落下して来た水がそこにたまり、渦を巻いている、あの滝壷にである。と言っても、滝の上からではない。さすがにそれでは死んでしまう。滝壷の淵から、飛びこんだのである。
 「わざわざ滝壷に飛び込むやつなどいない」誰しもそう思うはずである。私もその時までそう思っていた。だが世の中にはどうしても滝壷に飛び込まなければいけない状況というものだって、存在するのである。
 結果は惨憺たるありさまであった。
 まず、水をいっぱいに張った洗面器を用意して欲しい。次に棒を持ってくる。棒であれば何でもいいが、できれば程よい長さの、太目の棒であればなおよい。その棒を先程の洗面器につっこみ、水が零れない程度にゆっくりと回す。スピードを徐々に上げていく。するとどうだろう、そこにはまるで竜巻といった按配で、水の流れができるはずである。仕上げに、そこらに歩いている蟻を一匹、でやっ!っと捕まえてそこに落とすと、滝壷に落ちた人間シュミレーション、いっちょあがりである。蟻は何が何だか分からずに水から上がろうともがき続けるが、洗面器の中をくるくる回るばかりで、一向に洗面器の淵には辿り着かないはずである。
 死ぬかと思った。いや、間違いなく一緒にいた友人がロープを投げてくれなければ、こんな呑気なことを書いてはいられないような状態に陥っていただろう。
 忘れてはならない。人は「しそうもないこと」に常に気をつけなければならないのだ。そこには死の危険すら潜んでいるのだから。

To zakki

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