許された者
 世の中には許された者がいる。前々からそうではないかと薄々思っていたが、やっぱりいるのである。許された者が。
 のび太がそうだ。私のバイトの先輩のMさんがそうだ。友人のDがそうだ。まるでトランプの中のジョーカーのように、許された者は我々の日常にひっそりと、だが確実に入り込んでいるのである。
 例をあげて話そう。のび太だ。のび太とは、もちろんあの超有名漫画『どらえもん』ののび太のことである。
 のび太の場合、それは例えばテストを返される時などに顕著に現れる。
 何故か知らないが、のび太の担任の先生はテストを返す時、点数を読み上げちゃったりする。今考えてみると、これはこれで結構問題あると思うのだが・・・。ほら、なんかあるでしょ、子供の人権がどうとか。まぁ、ここではそういうことは関係ないのでおいておくことにするが、ともかく、のび太の担任はテストを返す時点数を言いながら返すのである。「出来杉。」「はい。」「さすが出来杉だな、満点だ。みんなも出来杉を見習ってがんばりなさい。」とかなんとかいうのである。そしてこれもなんでだか分からないけれど、この満点出来杉の次は決まってのび太の番なのである。「のび。」「は〜い。(←すでにやる気がない)」「またお前は零点だ!お前は家でなにをやっとるんだ〜!」とかなんとか言われるのである。そしてドッとクラス中が大笑いなんかするのである。やっぱり問題あるよなぁ・・・。そして決まってその後に、スネオあたりがこんなことを言うのだ。「のび太だからな〜。」そしてクラスはさらにフィーバーし、のび太は「どらえも〜ん(TT)。皆に復讐したいよ〜。」とか泣き付き、どらえもんはどらえもんで「しょうがないな〜、のび太君は〜。マシンガ〜ン!!」とかいって便利な道具を出し、のび太は果てしなく堕落していくのであるが、まぁその辺もこの際関係ないことですな。
 私のバイトの先輩、Mさんの場合はどうであろうか。
 草木も眠る丑三つ時。午前も2時を過ぎたあたりにそれは起こる。寝静まった私の部屋に、ピーピーピーと突然携帯の呼び出し音が鳴り響くのである。慌てて飛び起きた私は、電源をOFFにしておかなかったこと悔やみながら、眠い目をこすりつつあたりをはばかって小さな声で電話に出る。「はい。もしもし。」するとどうであろうか、電話の向こうからは、天も裂けよ、大地も砕けよとばかりの声で「も〜し〜も〜し〜、ボウ(←私のあだ名である)ですか〜。」とくるのである。たまったものではない。さらに先輩はこっちのことなどお構いなく「明日なんだけどさぁ、急な撮影入っちゃってさ〜(この人は演劇をやっている人である)、変わってくんなぁ〜い。頼むよ〜。」と続ける。あんた、夜中の2時に人を叩き起こして何を言っているんだ。とか思いながら、電話が終わって気が付いてみると、私はしっかりバイトの代わりを引き受けたりしているのである。私はこの不可解な事態を、夜の静寂の中、ベッドに座ってしばらく考えた後、結局はこうつぶやきつつ受け入れてしまうのだ。「まぁMさんだからな・・・。」
 友人Dの話はもっと簡単だ。
 みんなで待ち合わせをしていたとする。約束の時間も15分を過ぎた。D以外の全員はすでに集まっている。『もしや・・・』口にはしないがそこにいる全員が同じことを思い始めた時、ピーピーピーと毎度お馴染みの携帯呼び出し音がなるのである。ガチャ「もしもし、俺だけど、今家出る所だから、よろしく。」それだけ言って奴は電話を切るのだ。おい、こら。よろしくじゃないだろ、よろしくじゃ。「なんかDさ。今から家出るって・・・。」私が皆に告げると、『やっぱり』という雰囲気いっぱいの沈黙が一瞬続いた後、誰かがこう言うのである。「まぁ・・・、Dだからな・・・。」
 いや、待て!「Dだからな・・・。」じゃないだろ!!「Dだから」じゃ!!!よく考えろ、お前ら!!そんな理由で許していいのか、そいつを。なんも根拠が無いじゃないか。もし、遅れたのが私だったらどうするんだ。5分遅れた所で「罰金だ〜」「おごりだ〜」と騒ぎまくるじゃないか。それをなんだ、「Dだから」で済ますのか。許すのか。納得いかんぞ。
 だが許されるのである。だからこそ彼らは『許された者』なのである。
 許された者。それはつまり、我々通常人がしてはならない、しそうにもない行為を、軽々とやってのけ、しかもそれが周囲から容認される者たちのことなのである。
 許された者はいたる所に潜んでいる。許された者は偉大だ。許された者は許される。だが彼らは、一見その能天気とも、お気楽極楽ともとれる人生の裏で、その許しを受けるために多大な労力を注いでいるのを、私は知っているのである。
 許されるものの許される者たる所以。許される者が許されるわけ。それは彼らに共通する『変さ』である。たとえばのび太が現実に友人だったとしようじゃないか。変だろ、のび太は。テストで零点なのはさほど気にしないくせに、あやとりと射的に異常なまでの情熱を燃やす男、のび太(のび太はあやとりと射的の名人である。)。変だ・・・。家にはなんだかわけのわからない不気味な生き物がいるし・・・。バイトの先輩Mさんも変だ。彼は挨拶の変わりにラリアートをかましてくる。友人Dも変だ。彼の全ての日常は、我々が適量酒を飲んだ時と同じようなハイテンションで行われる。許される者は一様に『変』なのである。そして、変であり続けるということは、我々が許されない行為を避ける努力以上に、大変なことなのである。嘘だと思うなら、今日から日常の挨拶をラリアートに変えてみなさい。どんなことになっても、私は責任とりませんが。
 並々ならぬ情熱を注ぎ、『変』を作り上げた許される者たち。そんな彼らが、私は大好きである。ホモではない。

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